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モードはクラリネットの音にも影響します。現代のクラリネット吹きが目指す音色は、おそらくケルの音色とは正反対でしょう。
ケルはマルテル(兄弟)という楽器を愛用したと言います。同名のメーカーはフランスとイタリアにあり、どちらなのかは今分かりません。彼の音色から想像すると、おそらくはラージボアの円筒管タイプの楽器で、アルバート式に近い個性を持った楽器(彼の楽器はベーム式)と思われます。カラっとした明るい音で、高音域でも音が痩せません。後年ケルはブージー&ホークス社のプロモーターも務めました。 現代のクラリネット奏者のほとんどは、柔らかくダークな音を求め、そうしたニーズに合わせた楽器(ボアが総じて細い)が各社から出ています(トスカ、イデアル、レシタルなどが代表的)。このまま進むと、世界のクラリネットの音色はダークサウンドで塗りつぶされかねない勢いです。実はここ数ヶ月の間に聴いた日本のYS氏、OK氏なども以前より格段にダークサウンドになっていてビックリしました。 ダークサウンドは聴いていて「ストレス」を感じません。それだけ心地良いことは確かですが、長く聴いていると音色の変化が乏しいと感じることも少なくありません。また、その人の音よりは楽器の音を聴いている、と思うこともしばしばです。 これに対してケルの音は、高音域がすっきりと抜けた透明感があるため、明るい音ではあるものの、長く聴いていても疲れません。アーティキュレーションも多彩に聞こえ、現代のダークサウンドによる演奏よりははるかに饒舌です。いつか高性能の蓄音機で聞かせてもらったSP盤のケルの音は、さらに艶々とした輝きをもった実在感豊かな音で、CDよりも遥かに素晴らしい音でした。 ちなみに彼はダブルリップアンブシュアで演奏し、何度かレッスンしたベニー・グッドマンにもダブルリップを勧めたそうです。 当時のクラリネット奏者では極めてユニークだった彼のヴィブラートは、コヴェントガーデン歌劇場で共演したオーボエのレオン・グーセンスの影響によるものといわれています。以来、英国のクラリネットではジャック・ブライマー、ジェルヴァース・ド・パイアー、ジョン・マッコー(彼のモーツアルトの協奏曲は素晴らしい!)など明るめの音でヴィブラートをかける名手を輩出しましたが、その伝統も今や過去のものになりつつあるようです。 最後に、私が好きなケルのアルバム。 筆頭は今までのところ、先述したブラームスのトリオ(ピアノがケントナー、チェロがピニ)。とくに第2楽章が絶品です。 現代の演奏よりもアーティキュレーションが明快で、第1楽章冒頭主題の3度と4度のモチーフをはっきりわけて演奏するなど、ブラームスのスラーを「古典的(分節的)」に解釈しているのも特徴です。この演奏を聴くと、この名曲が現在いかに平板に演奏されているかがよく分かります。 ブッシュ・カルテットとのブラームスの5重奏は、アドルフ・ブッシュがこの曲を初演したヨアヒムの弟子に当たることでも注目されるアルバムです。 第1楽章などとくにテンポは前のめりに速く、ブッシュの火の出るような情熱的な演奏にさすがのケルも引っ張られるような場面もありますが、ポルタメントを多用するブッシュとケルのヴィブラートとがうまく溶け合い、ミュールフェルトとヨアヒムによる初演時の感動を彷彿させてくれそうな名演です。 彼の明るい音が、同時に哀しさも湛えていることを知ったのは、サン=サーンスのソナタでした。解釈はとても風変わりで、現代の演奏よりは「ポップス調」に感じたりします。 第1楽章の出だし、ファ-ミ-ソ-ファの「十字架音形」がこれほど明るく演奏される例はないと思いますが、何度も聴くと、そこに何かしら哀しさも感じられて来て、きっとハマってしまいます。ミ-ソの音程間隔を広め(ソを高め?)にとっているのも影響しているかも知れません。第4楽章の終結部で冒頭主題が回想される場面では、どの演奏よりも胸に迫るものを感じます。 (完)
by hornpipe
| 2006-11-25 00:08
| クラリネット
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